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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)2437号 判決 1987年11月20日

主文

1  被告人を懲役一年二月に処する。

2  未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

3  押収してある国民健康保険被保険者資格取得届、キャッシング契約書、カードローン基本契約書、東芝ファーストローン契約書兼金銭消費貸借契約書及びレンタル申込書の各偽造部分を没収する。

4  押収してある国民健康保険被保険者証を被害者東京都目黒区に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、他人名義を利用して金品を騙取しようと企て

第一  昭和六二年七月二六日、東京都目黒区自由が丘《番地省略》有限会社A電気商会において、行使の目的をもってほしいままに、「三菱電気クレジットお申込の内容兼三菱電機クレジットカード申込書」用紙の購入者氏名欄に「広島太郎」、住所欄に「目黒区平町《番地省略》」などと各記入し、購入者氏名の名下に予め購入していた「広島」と刻した印鑑を押捺し、もって、右広島太郎作成名義にかかるクレジット契約書一通を偽造した上、右A電気商会代表取締役Aに対し、右偽造にかかる契約書を真正に成立したもののように装って提出行使してビデオデッキの購入方を申し込み、同人をして右契約書が真正に成立したものであり、かつ、被告人が広島太郎であって確実に購入代金を支払うものと誤信させ、よって、即時同所において、右Aからビデオデッキ一台(一九万八〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第二  同月二九日、同区中央町二丁目四番五号目黒区役所において、行使の目的をもってほしいままに、国民健康保険被保険者資格取得届用紙の世帯主及び被保険者の各氏名欄にいずれも「広島太郎」、住所欄に「目黒区平町《番地省略》」などと各記入し、世帯主氏名の名下に前記第一記載の「広島」と刻した印鑑を押捺し、もって広島太郎作成名義にかかる国民健康保険被保険者資格取得届一通を偽造した上、同区役所厚生部国民健康保険課係員B子に対し、右偽造にかかる国民健康保険被保険者資格取得届を真正に成立したもののように装って提出行使して国民健康保険被保険者証の交付を要求し、同係員をして、右資格取得届が真正に成立したもので、右広島こと広嶋太郎が国民健康保険被保険者証の交付を求めているものと誤信させ、よって、即時同所において、同係員から右広嶋太郎名義の国民健康保険被保険者証一通の交付を受けてこれを騙取し

第三  同月三〇日、同都新宿区新宿《番地省略》株式会社甲野新宿店ヤング館において、行使の目的をもってほしいままに、キャッシング契約書用紙の氏名欄に「広島太郎」、住所欄に「目黒区平町《番地省略》」、融資希望金額欄に「二〇万円」などと各記入し、もって、右広島太郎作成名義にかかるキャッシング契約書一通を偽造した上、同会社従業員Cに対し、右偽造にかかるキャッシング契約書を真正に成立したもののように装って、前記第二記載のとおり騙取した広嶋太郎名義の国民健康保険被保険者証とともに提出行使して現金二〇万円の借用方を申し込み、右Cをして、右契約書が真正に成立したものであり、かつ、被告人が広島こと広嶋太郎であって確実に借入金を返済するものと誤信させ、よって、即時同所において、同会社従業員D子から現金二〇万円の交付を受けてこれを騙取し

第四  同年八月四日、同都渋谷区道玄坂《番地省略》乙山株式会社渋谷支店において、行使の目的をもってほしいままに、カードローン基本契約書用紙の借主氏名欄に「広嶋太郎」、住所欄に「目黒区平町《番地省略》」、借入希望額欄に「一〇万円」などと各記入し、もって、右広嶋太郎作成名義にかかるカードローン基本契約書一通を偽造した上、同支店従業員E子に対し、右偽造にかかる契約書を真正に成立したもののように装って、前記第二記載のとおり騙取した広嶋太郎名義の国民健康保険被保険者証とともに提出行使して現金一〇万円の借用方を申し込み、右E子をして、右契約書が真正に成立したものであり、かつ、被告人が広嶋太郎であって確実に借入金を返済するものと誤信させ、よって、即時同所において、右E子から現金一〇万円の交付を受けてこれを騙取し

第五  同月三一日ころ、同都目黒区上目黒《番地省略》株式会社丙川において、行使の目的をもってほしいままに、「東芝ファーストローン契約書兼金銭消費貸借契約書」用紙の購入者氏名欄に「岡山次郎」、生年月日欄に「昭和36年6月26日」、住所欄に「目黒区上目黒《番地省略》」などと各記入し、購入者氏名の名下に「岡山」と刻した印鑑を押捺し、もって、右岡山次郎作成名義にかかるローン契約書一通を偽造した上、同会社店長Fに対し、右偽造にかかる契約書を真正に成立したもののように装って提出行使してビデオデッキ及びカラーテレビ各一台の購入方を申し込み、同人をして、右契約書が真正に成立したものであり、かつ、被告人が岡山次郎であって確実に購入代金を支払うものと誤信させ、よって、同年九月二日ころ、同所において、右Fからビデオデッキ一台及びカラーテレビ一台(合計二二万三三〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第六  同年九月九日、同区祐天寺《番地省略》株式会社丁丘において、行使の目的をもってほしいままに、レンタル申込書用紙の氏名欄に「広島太郎」、住所欄に「目黒区平町《番地省略》」などと各記入し、もって、右広島太郎作成名義にかかるレンタル申込書一通を偽造した上、同会社従業員Gに対し、右偽造にかかる申込書を真正に成立したもののように装って、前記第二記載のとおり騙取した広嶋太郎名義の国民健康保険被保険者証とともに提出行使してビデオカメラ及び備品一式の借用方を申し込み、右Gをして、右レンタル申込書が真正に成立したものであり、かつ、被告人が広島こと広嶋太郎であって、約定どおり右ビデオカメラ等を返還するものと誤信させ、よって、同月一〇日、同所において、同会社店長Hからビデオカメラ一台ほか五点(合計約一八万五五〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一ないし第六の各所為のうち、各有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項に、各偽造有印私文書行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、各詐欺の点は同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、各有印私文書偽造、同行使及び詐欺の間には、それぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、いずれも一罪として、最も重い各詐欺罪の刑(ただし、いずれも短期は各偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第五の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内(ただし、短期は偽造有印私文書行使罪の刑にそれによる。)で被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち三〇日を右刑に算入することとし、押収してある国民健康保険被保険者資格届、キャッシング契約書、カードローン基本契約書、東芝ファーストローン契約書兼金銭消費貸借契約書、レンタル申込書の各偽造部分は、判示第二ないし第六の各偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有も許さないものであるから、いずれも同法一九条一項一号、二項本文により没収し、押収してある国民健康保険被保険者証は、判示第二の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者である東京都目黒区に還付し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(判示第二の所為のうち詐欺罪の成否について)

国民健康保険被保険者証は、国民健康保険により療養の給付を受けうる資格を有する者であることを証明する文書であって、被保険者が療養の給付を受けようとするときは、原則としてこれを療養取扱機関に提出しなければならないものである(国民健康保険法九条、三六条等参照。)また、同被保険者証は、社会生活上個人の同一性を識別するために、広く事実上の機能を果たしているという面をも有する。したがって、同被保険者証は、その文書自体として、一般的、客観的にみて、重要な経済的社会的価値効用を有するものであるから、刑法のいわゆる財産罪の保護に値し、同法二四六条一項の「財物」にあたると解される。かりに、誰かが正規に交付を受けて所持していた国民健康保険被保険者証を騙取したという場合、財物性を否定するわけにはいかないであろう。

もっとも、本件の国民健康保険被保険者証は、他人名義を冒用して不正に取得したものであるが、権限のある機関が発行し、正規のものと外見上何らの差異もないものである以上、事実上右と同様の経済的、社会的価値効用を有することは否定し難いのであって、不正取得したものであるが故に財物性を失うことにはならない。

なお、欺罔手段を用いて国民健康保険被保険者証の交付を受ける行為が国民健康保険行為の秩序を害するものとして、国家的、社会的法益の侵害に向けられた側面を有することはもちろんであるが、その故をもって当然に詐欺罪の成立が排除されるものではない。右のような行為につき、詐欺罪の適用を排除する趣旨の規定が特別に設けられていない以上、詐欺罪の成立が否定される理由はないというべきである。

(量刑の理由)

本件は、他人名義を冒用して六回にわたり金品を騙取した事案であるが、友人名義で国民健康保険被保険者証を騙取し、これを利用して犯行を重ねたという点において特に悪質であり、被害総額も決して少なくない。騙取した金員及び物品を換金して得た金員は、すべて遊興費等に費消してしまっており、被害弁償が全くなされていない。そして被告人がこのような犯行に走るに至った原因を考えてみると、主として被告人の勤労意欲の欠如、放恣、怠惰な性格及び生活態度にあるというべきである。また、被告人の場合、然るべき近親者等による指導監督も期待し難い。したがって、被告人に前科がないことを考慮しても、社会内処遇で被告人の矯正を図ることは困難と認められ、刑の執行を猶予するのは相当でない。

(裁判官 金築誠志)

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